最近、Wildflower Brewing & Blendingという名のブルワリーを、関東の人気ビアバーのインスタで何度か見かけた。それらの紹介文では、花などから採取した野生酵母を使ったビールを造るオーストラリアのブルワリーだとあった。
興味があったので、彼らのビールの造り方、醸造哲学的な部分から、実際の手法に関する部分まで調べたものを簡単にまとめようと思う。参考サイトのリンクは一番下にまとめて貼ってある。
右の画像は、個人的に注目している”甘く浮く”という栃木は那須のブルワリーのビール。ここも野生酵母で醸造している。
概要
Wildflower Brewing & Blending(以下Wildflower)はオーストラリアはシドニーのMarrickvilleという場所にある。そこはいくつものブルワリーが連なっている倉庫郡だ。Wildflowerにマッシュタンやケトルはなく、不思議な形の発酵タンクと、ニュー・サウス・ウェールズ州(New South Wales : NSW)のワイナリー数社から寄贈されたオーク材のワイン樽が並んでいる。彼らは未発酵の麦汁を隣のBatch Brewing(オーナーの元職場)から得ている。その麦汁は写真左の横型発酵タンクで1週間ほど発酵させられ、その後、壁に敷き詰められた樽(それぞれ200L以上入る)にて8週間から10週間かけて熟成される。名前にBlendingがある通り、彼らは樽熟成ビールをブレンドして商品にする。それはランビックと同じような手順だ。
オーナーの1人であるトファー(Topher)はテキサス州ダラス出身で、天体物理学を学ぶために2009年オーストラリアに移住した。学業と並行して自家製ビールに手を出し、最終的には小遣い稼ぎのためにシドニーのフラットロック・ブリューカフェ(Flat Rock Brew Cafe)で、2013年にはバッチブルーインでパートタイムの醸造職についた。その後、フランスのブラッスリー・ティリーズ(Brasserie Thiriez)、テキサスのジェスター・キング(Jester King)、ロンドンのパルチザン・ブリューイング(Partizan Brewing)を経て、2017年、義弟のクリス・アレンと開業した。
彼がヨーロッパを旅するきっかけは妻の一言だった。ファームハウスブルワリーとして有名なジェスター・キングのノーブルホップセゾンを飲んだ時、彼女は「本当に美味しいと思ったビールはこれが初めてだ」と言った。彼はその時点で2年以上、醸造家としてビールを造っていた。
トファーに最も影響を与えたのは、フランスのブラッスリー・ティリーズ(Brasserie Thiriez)のダニエル・ティリーズ(Daniel Thiriez)だった。そこはアメリカのセゾン・ムーブメントの中心的な株である3711フレンチ・セゾン・イーストの発祥の地と言われていた。ティリーズはのんびりしたブルワリーだった。そこでトファーはステップ・マッシング、長期発酵、ボトルコンディショニングについて学んだ。
トファーはNSWの花や樹皮から採取した野生酵母で醸造する。酵母は必ずしも狙った風味を出すわけではないため、彼は酵母が自分の望ましい方向へ進化するよう補助する。例えばある酵母は時間とともにIBUに耐性がつき、すぐに酸っぱくなるようになる。それを管理するには、スパイスやハーブを使って乳酸菌の個体数を減少させ(BrettanomycesやSaccharomycesよりも)、IBU耐性が低い培養液を回収し、次の醸造に使う。
概要の最期にトファーの言葉を載せる。
「オーストラリアン・ワイルド・エールと呼ぶつもりだが、私が作っているビールは、第一に親しみやすいものだ」と彼は言う。「私たちが紹介するビールは、説明するまでもなく、誰もが楽しめるものだと感じている。炭酸の強さ、苦味、モルトの軽さといった風味の特徴は、ビール製造に関する知識を抜きにしてスケールに当てはめると、ピルスナーのようなものに近い。私はpHの低い(つまり酸味の強い)ビールで人の顔をはぎ取るつもりはない。80IBUを超えるIPAを飲みたくないのと同じように、私はそれを飲みたくない。どちらも料理と一緒に楽しむことはできない。私たちが作っているのは、飲みやすく、とてもシンプルに楽しめるものだと思う。挑戦的なビールは作りたくないんだ」
次は彼らの手法についてブログを元に具体的に見ていく。
プロセス1 : primary fermentation geometry
Wildflowerは主発酵を幅が広く浅い(高さは満タンでも1m以下)発酵容器で行う。この特殊な形状は、後述する圧力とエステルの関係に由来する。Saisonで有名なDupontも背の低くふとっちょな発酵タンクを使っている。主発酵とはビールの最初の5-6日間のことであり、醸造用酵母と野生酵母が投入され、様々なことがおこる。エステルは酵母によって生み出される成分で、フルーティー、スパイシー、クローブ、パイナップル、リンゴなどと表現される。さらにこれらのエステルはBrettanomycesや自家製野生酵母によって新しいエステルを生み出す(エステル交換反応 / transesterification)ための要素にもなる。
圧力には主に静水圧と上面圧の2種類がある。前者は圧力を測定するある地点より上にある液体の重さを合わせたものであり、後者はタンクに吹き出しを制限する構造(例えばエアーズロック)がある場合に、タンク内のビールの上面が感じる圧力である。
エステル生成に影響を与えるのはbar, atm, Pascalなどの圧力ではなく、二酸化炭素を液体に溶解させる圧力である。「溶解した二酸化炭素の濃度が高くなると、高級アルコールまたはアセチル-CoA合成の基本ステップである脱炭酸反応のバランスが崩れ、酵母の増殖が抑制される」(Pires, 2015)
エステル合成が行われるためには、アセチルCoA(補酵素A)が存在しなければならない。酵母細胞におけるエステル合成の生化学的経路には、エタノールまたは高級アルコール、アセチルCoA、エステル合成酵素が関与している。アセチルCoAが前駆体であるため、CO2濃度を高めて酵母の成長を制限すれば、エステルの生産も制限される。
背の高い発酵容器でエアロックがある場合
↑ CO2 pressure ⇒ ↓ yeast growth ⇒ ↓ acetyl CoA synthesis ⇒ ↓ ester formation
背の低い発酵容器で開放型の場合
↓ CO2 pressure ⇒ ↑ yeast growth ⇒ ↑ acetyl CoA synthesis ⇒ ↑ ester formation
ここで注意すべきは、エステル生成に影響を与えるのは圧力だけではないというということだ。温度も重要な要素であり、発酵温度が高いほどエステル生成が促進される。Wildflowerのビールは全て25-35℃で発酵される。Dupontも35℃で発酵させることで有名だ。他の要素としては酵母の選択、ピッチレイト、麦汁のエアレーションなどがある。
プロセス2 : Wild yeast wrangling
Wildflowerは醸造用酵母とNSWで採取した野生酵母で混合発酵させている。使われる酵母は土地ならではの味わいを生み出し、それが独自のビールを生み出している。ではどうやって独自の酵母を発展させてきたのか。外へ出かけ、酵母の源を見つけ、醸造に使えるか試す。ここではそれを”Wrangiling”(論争という意味)と呼ぶ。
野生酵母(自家製酵母)を採取する一般的な方法は、果物や花から切り出したサンプルを使いスモールバッチで発酵させ、完全に発酵してからしばらく時間を置いて試飲する、というものだ。
まずDMEを使ってホップを入れていない麦汁(1.03-1.04)を1L用意する。容器はerlenmeyer glass(加熱可能な首の長い三角フラスコ)が適している。麦汁が冷めたらサンプルを投入し、発酵が始まるのを待つ。酵母が生きていれば1-3日で兆候が見られる。それから少なくとも1ヶ月ほど待ってからビールを味わう。フルーツやパン、ビールの香りや味がしたら保存する価値がある。臭かったら飲まないほうがいいだろう。
いい感じの培養液を得られたら、そのビール部分(果物や花以外)を多めの麦汁(4-5L)に注ぐ。その培養液は様々な使い道がある。オススメはフィード・アンド・テスト法だ。つまり大本を残したまま様々なビールを作りテストする。
ヒント
・ホップを少し入れると抗菌作用によってバクテリアの繁殖を抑える。
・果物や花のサンプルの量を増やす。
・醸造用酵母と混合発酵させる。
・麦汁の上に固形物があるとカビが生えやすくなる。これが培養液を得た後に固体と液体を分離する理由だ。カビはカラフルで、ペリクル(pellicle / 菌膜)は白くモヤはない。
・春と夏は果物と花に適している。秋と冬は樹液や木、自然発酵(spontaneous ferments)に適している。
・野生酵母は糖分がある場所に隠れている。
Wildflowerはデュポンのセゾン酵母、NSWの野生酵母、そして自然発酵で得た酵母をブレンドしている。
彼らは2016年の1年間、あらゆるサンプルを作り、テイスティングとブレンドを繰り返した。主な培養液は初冬のワトルの花、野生のタンポポ、ワイン用のブドウ、そして自然発酵のものだ。ワイルドフラワーでの最初の発酵では、デュポン株のスラリー約5Lを、最終的に培養した20Lのカーボーイ全体と一緒に発酵槽に投入した。
重要なのは野生酵母の産地よりも上手にそれらを捕まえることだ。
プロセス3 : Barrel Work
樽は全てワイン業界から仕入れている。NSWのワイナリーからだ。最も重要なことは、その樽に何が入っていたかではなく、どのように扱われていたかだ。適切に加湿された涼しい部屋で管理されていたか、優しく扱われていたか、なにより重要なのは空っぽの時どう保管されていたかだ。硫黄で乾燥させたか、もしくは優れた液体で保湿したか。彼らの好みは、乾燥した状態で保管されたことがなく、空の状態があったとしても、3ヶ月毎に軽い保存液(硫黄の強くない)が交換されているものだ。
彼らは信頼できる樽職人からニュートラルなフレンチオーク樽のみを厳選している。樽の個性とは木の味ではなく、クリーミーでスパイシーな、もっと繊細なものだ。これを得るにはワイナリーで何年も使用されてきた樽がいい。また外側の傷にも気をつける。
樽が醸造所に届いたら、適切な保存液で満たし、使用するまで保管する。
充填当日は樽洗浄機で高圧洗浄する。これは約60℃の水を70-90psiの圧力で放出し、保存液を洗い流し、樽を半蒸し状態にすることで軽く殺菌する。洗浄を終えた樽はCO2を充填される。そしてワックスが塗られる。これは酸素の侵入とビールの流出を防ぐことで、酢酸の発生を防ぐことに繋がる。
その後、樽には焼印が押され、樽番号、樽内の製品、充填日が記される。またサンプリング用のヴィニー・ネイル(Vinnie Nail)も取り付ける。
こうしてビールを入れる準備が整う。彼らはいつも、まだもう少し発酵が進みそうな状態のビールを樽に詰める。通常7-10日ほどで、比重が0.004ほど残っている。これは樽内や移し替えで発生する酸素を消費するのに役立つ。樽は上まで満たされ、バングで蓋をされる。満タンになったら、外へこぼれたものを水で洗い流し、貯蔵室にいれる。
貯蔵室に入った樽は3ヶ月から数年そのままとなる。
樽管理のルールとして、空になった樽は24時間以内に、新しいビールを詰めるか、完全に綺麗にして保管するか、としている。樽には常にCO2がパージされている。
樽を空の状態で保管する場合、まず樽洗浄機で綺麗にする。水を抜き、保存液を入れる。保存液は、ワイン業界では一般的な、硫黄とある種の酸の混合物であり、SO2を放出し、微生物が生きづらい環境をつくる。この溶液は時間とともに劣化するので3ヶ月ごとに入れ替える。気温が高い状態(18℃以上)ならもっと入れ替えを早くする。228Lの樽容量の場合、20Lの冷水に硫黄(ピロ亜硫酸カリウム / Potassium metabisulphite)と10gの酒石酸(tartaric acid)を加える。溶液を入れたら、栓をして密閉し、日付を記入する。
プロセス4 : Blending
ブレンディングをおこなう理由は、製品に一貫性を持たせるためであり、Wildflowerの中で最も重要なステップだ。
ブレンディングを始める前に、その日の仕事を片付ける。そして午前中から昼にかけておこなう。その日に試飲する樽を選び、必要な数だけ樽番号を書いた清潔なグラスを用意する。テイスティング中に食べるクラッカーやパン、水差し、メモを準備する。
樽から抜いたサンプルはすぐに酸化を始めるため、直後にテイスティングし3つの点で評価する。1つ目はアロマだ。樽番号の横に+、0、−の印をつける。2つ目は味だ。これが最も重要である。Wildflowerの目標はバランスであり、求めるのは口当たりの良さと余韻である。一口飲んだときに、苦みや酸味がどの時点で終わるか。風味が前面に出ているのか、中間か、後方か、メモする。3つ目は、その樽がブレンディングに適しているかどうかだ。たとえその時の味が素晴らしくても、さらに時間を置くことでもっと素晴らしいものになることがある。ほとんどの場合、選ばれなかった樽は熟成に達していない。全ての樽を毎月テイスティングすることで、樽を決められた期間放置するのではなく、ピークに達したときにキャッチすることができる。
テイスティングが終了したら、準備が整ったと判断した樽のサンプルを取り出す。だいたい1つか2つの樽が選ばれる。メモを見返し、その樽の構成を見つけ、ブレンドの形とボリュームを考える。その樽には何が必要か、余韻の長さ、酸味、苦み、それらの場所。
次に選んだ樽のサンプルでバリエーションを作り、最高の組み合わせを探す。ブレンドの総量と各樽の容量を考慮し、サンプルを量り、グラスに注ぐ。注意点が3つある。1つ目はサンプルにラベルを貼ること。2つ目はサンプルの酸化に気をつけること。3つ目はボトルコンディショニングで炭酸を入れて、冷やして楽しむこと。貯蔵室の温度がテイスティングに優れているとは限らない。それに酸味に関しては炭酸によって強調される。
ブレンディングが決まったら、残りははパッケージングだ。Wildflowerは約12週間ボトルコンディショニングを行う。
まとめ
これでWildflowerに関する簡易的まとめを終える。簡易的とはいっても4日ほどかかったので、他の記事と比べると時間が大分かかった。書いている最中に、Wildflowerのオーナーの1人であるTopherから翻訳の許可がおりたので、このまま気兼ねなく他の記事にも取り掛かることができる。(まとめだから許可は必要ないと思っていたが、今後のためにもメールを送ったのだ、、、)彼はこのWildflowerのブログの前にFARMHOUSE BEER BLOGというのをやっており、そっちのサイトでは彼がブルワリーを立ち上げるまでの記録が残っている、と思う。まだちゃんと読んでいない。興味がある人も全国に数人はいると思うので、その数少ない奇特な人に向けて翻訳していくつもりだ。
それに付随して、Wild Ale系(バレルエイジやサワー、野生酵母など)の情報共有グループMilk The Funk®の情報サイト(名前はMilk The Funk wiki)にも取り掛かろうと思っている。そのサイトの著作権に関するページには、Creative Commons Attribution 4.0 International Licenseというなんとも強そうな文字列が表示されているが、よく読めば、わりと自由っぽいことが分かった。
ここまできたらお気づきだろうが、私は今もっとも興味もをもっているビアスタイルはファームハウス系だ。そのためそっち方面の記事が今後、増えていくだろう。
あとPigalle Tokyoさんのインスタを見た感じ、Scott JanishのTHE NEW IPAの日本語版がやっとでるようだ。正式にリリースされれば彼のブログも翻訳していく。本が出たらOKという許可取りを数ヶ月前にしたのを思い出した。
レーズン酵母エールはまだ熟成中で、そろそろ瓶詰めしようと考えている。
手を広げすぎているような気がするが、気にしないことにする。いろいろと楽しみだ。
All articles are translated here from WILDFLOWER BREWING & BRENDING are reproduced with permission.
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